プライベート

インドネシアのお母さん

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一昨日、とても大事な人が亡くなりました。

 

私がインドネシアのお母さんと慕っている方でした。

5年前に初めてインドネシアのマカッサルに来ました。

そのお母さんは、私が住んでいた部屋の隣に家族で住んでいました

そのお母さんとの思い出はたくさんあります

 

当時はまだ言葉がほとんど話せない私に、インドネシア語を教えてくれました

断食の時には、毎朝3時にサフールというご飯を、お母さんの家族と一緒に食べたり

ベチャという、乗り物に二人でぎゅうぎゅう詰めで乗って、市場に買い物に行ったり

私が部屋に帰ってた時には、勝手に部屋に入って私のベッドで寝ていたり

 

5年前にお別れする時には、お互いに涙を流しながらまたいつか会おうね!って言って別れました

そして、去年私がインドネシアに戻って来た時には、久々に会った親子のように迎えてくれたり

自分の家やと思っていつでも泊まりにおいでと言ってくれたり

 

2、3週間前にお母さんの娘から、お母さんが入院していると連絡が入ったので、マカッサルに行った際に病院にお見舞いに行きました

その時は膝が悪くて歩けないという事でした

2、3日入院して様子を見れば問題ないという事だったので、退院したらまた家にお邪魔するねって言ってお別れした所でした

 

一昨日の夜に娘から連絡が入りました

 

お母さんがICUに入って意識がないの

 

そして、翌日の朝に、他界したとの連絡がありました

 

原因は、自宅でこけた際に強く頭を打って、脳を損傷したそうです

 

その日の夕方に埋葬するという事なので、最後のお別れをしようと急いでマカッサルにいきました

到着した時には、すでに埋葬された後だったのですが、お墓の前で今までの事を思い出しました

 

涙が止まりませんでした

 

お母さんの子供には、お母さんが悲しむから泣かないでって言われましたが、涙が止まりませんでした

 

お母さんが、先日この家の庭に日本の野菜を植えたいの

って、嬉しそうに言っていた事や

 

私は、お母さん家族からは5年前から、おちゃんって呼ばれていたのですが

おちゃんが来た時には、ご飯作るからいつでも来てねって言ってくれた事

 

お母さんと一緒に笑えない事を考えると、さらに悲しい気持ちになります

 

享年64歳です

 

お母さんの死を身近に感じて、命の儚さを知りました

人間必ず死を迎えますが、どのタイミングでそれが来るかはわかりません

 

一日一日、私達は確実に死に近づいています

 

その限りある命をどのように使うのか、誰の為に使うのか

 

 

今を生きる事の大切さを考えながら、前に進んでいきたいと思います。

 

 

今まで実の子供のように接してくれて、本当にありがとうございます

 

安らかにお眠り下さい

 

 

 

 

 

 

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